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Topics ジャコ・アーリー・イヤーズ・オリジナル・ライヴ・シリーズ第一弾!
JACO PASTORIUS / WOODCHUCK

2008年12月20日発売
Jaco Pastorius
WOODCHUCK


The Players Club
HMV
| amazon | TOWER

SONG LIST

  1. Think
    Aretha Franklin (06:10)
  2. Something You Got
    Kris Kenner (03:53)
  3. Ninety-Nine And A Half (Won't Do)
    Wilson Pickett / Soul Medley (13:09)
    (Several segments of soul tunes for the 1960's)
  4. You Don't Miss Your Water
    Taj Mahal (06:39)
  5. Tell Daddy
    Clarence Carter (5:10)
  6. Barefootin'
    Robert Parker / Soul Medley (13:48)
    (Several segments of soul tunes form the 1960's)
  7. Fannie Mae
    Buster Brown (04:27)

(Total Time - 48:20)

英文ライナー翻訳付き
販売元 : キングインターナショナル
KDJ-003
定価¥2,800(税抜価格¥2,667)
●販売元:キングインターナショナル

【日本独占発売】
天才ベース・ギタリストのDNA発見!

「俺達の音楽は基本はR&Bだったけれどステージでは、 インプロヴィゼーションを加えていたから本物のジャズ・ファンクだったといえる」

  • 1969年夏、ジャコはウッドチャックというR&Bオルガン・トリオを結成し、ファンキー・テイストを前面に押し出したレア・グルーヴを作り出していた。
  • ジャコが愛したR&Bの名曲が、あの革命的なベース・サウンドを生んだ。
  • ジャズ・ファンク・リバイバル・ムーヴメントの中でこれは新鮮なマスト・アイテムになる。
  • 今、一番熱い音楽、オルガン・ファンクもたっぷりと楽しめる。


特集を掲載
ADLIB (アドリブ) 2009年 01月号 [雑誌]
ADLIB 2009年1月号


ベース・マガジン (BASS MAGAZINE) 2009年 1月号 [雑誌]
BASS magazine 2009年1月号
ジャコが初めて率いたグループは、“ウッドチャック”(1969~70)というトリオで、ハモンドB-3.オルガンの逸材ビリー・バークとシンガー兼ドラマーのボブ・ハーツォグ(彼は『ジャコ・パストリアスの肖像』に入っている<カム・オン、カム・オーヴァー>をジャコと共作)がメンバーとして参加していた。

18歳の頃のジャコはリズム&ブルースにのめりこんでおり、3人はそのグループ活動に真剣に取り組み、独特のR&Bサウンドに大きな誇りを抱いていた。きたる12月20日、ライヴ・アルバム『ジャコ・パストリアス/ザ・ウッドチャック』(全曲未発表!R&Bの名曲の数々をカヴァー)がリリースされる。

ここでのジャコは見事にグルーヴを生み出し、リズム・キーパーとしても演奏を支え、”ジャコ誕生のDNA”をたっぷりと聴かせてくれる。


ウッドチャック物語

1969年夏、ジャコはウッドチャックというR&Bオルガン・トリオを結成した。友人であるドラムスとヴォーカル担当のボブ・ハーツォグ(ジャコのデビュー・アルバム『ジャコ・パストリアスの肖像』の《カム・オン、カム・オーヴァー》の共作者/1985年死去)、地元で名高いハモンドB-3オルガン奏者ビリー・バークのとともに立ち上げたこのグループで、彼はファンキー・テイストを前面に押し出した迫力あふれるサウンドをつくり出した。ウッドチャックは南フロリダの先進的なミュージシャンのあいだで評判になった。3人のメンバーは、音楽への純粋な愛という固い絆のもとに、ほぼ2年間グループを組んで活動した。

ハーツォグは、ルーズだがビート感のあるドラマーであり、荒っぽい、白人下層階級のような雰囲気のソウル・シンガーだった。彼の演奏や歌は、いかにも南フロリダらしいファンク・フィーリングを発散していた。彼の繰り出すゆったりした後乗りのビートは、粘っこさを感じさせたし、しわがれ声の粗削りなヴォーカルは60年代のR&B/ソウル・ナンバーに完璧にマッチしていた(彼らは、《イフ・ユー・ワー・マイン》、《ベアフッティン》〉、《ミスター・ピティフル》といったヒット曲のカヴァーを演奏した。ほかにレパートリーには、ウィルソン・ピケットの《ファンキー・ブロードウェイ》に始まり、ジェームス・ブラウンの《リッキン・スティック》、アイズレー・ブラザーズの《イッツ・ユア・シング》、タジ・マハールの《ミス・ユア・ウォーター》と続くメドレーも含まれていた)。このバンドには、ハーツォグがドラムスを叩きながら同時に歌うため、実質的にビートを堅固にキープしていたのはジャコだった。ジャコはグルーヴゆたかなベース・ラインにより、ハーツォグのリズムを補っていた。そして、ジャコはハーツォグのもつ生々しいファンク・フィーリングが、タイムの面での欠点を充分に埋め合わせしていると感じていた。

自由な精神をもち、ヒップなボヘミアン・タイプの人間だったハーツォグは、熱烈なソウル・ミュージックのファンだった。ソウル・ミュージック専門のレコード店で、ボブとジャコはいつもウッドチャックのレパートリーのための素材を探していたのだった。

いっぽうバークは、モダン・ジャズのハーモニーに精通し、ハモンドB-3オルガンを自在に操るテクニックをもった、他に例をみない完成されたミュージシャンだった。バークは1999年に心臓病で亡くなったが、かつて「ウッドチャックは本物のファンキー・グループだった」と語っていた。「おれたちはメイジャー・ランスの曲、ベティ・ライトの《クリーンアップ・ウーマン》など、白人たちにまだ浸透していない、無名だがかっこいいR&Bの曲を演奏していた。反抗心なタイプのバンドだった。おれたちの音楽は、基本的にはR&Bだったけれど、ステージでは時間を引き延ばしインプロヴィゼーションを加えていたから、その意味では本物のジャズだったとも言える。それは当時としてはかなり大胆なやり方だった」


「ウッドチャックは当時のジャコにとって理想的なバンドだった。彼はリーダーとして自分の好きな曲を採り上げ、それらを素材に、いつでも新しいアプローチを試すことができた。それに、B-3オルガン・トリオというシンプルなバンドだったので、音楽をどんな方向にも発展させることができた。だが彼はけっしてグルーヴをないがしろにはしなかった。ウッドチャックでの彼は、創造性とグルーヴ感が融け合った、説得力のあるサウンドをつくり出している。ジャコが前にいたラス・オラス・ブラスは基本的にコマーシャルなカヴァー・バンドだった。だがウッドチャックには深い音楽性がある。このバンドでジャコのジェリー・ジェモット・スタイルのファンク・ラインがかたち作られたんだ(ジェモットは60年代から70年代にかけてアトランティックのレコーディングで活躍した第1級のセッション・ベーシスト)。彼はまたバックで歌も歌っており、ステージでの存在感をより発揮するようになった。他のミュージシャンがほんとうにジャコに注目し始めたのは、このころだったんだよ」

プロデューサー ボブ・ボビング


ウッドチャック時代にジャコが編み出したもの

ジャコが音楽的な成長のうえで重要な発見をしたのは、1970年10月、彼がまだウッドチャックにいるころだった。それは彼のベースへのアプローチに大きな影響を与えた若き日のいくつかの発見の最初のものだった。

1.左手を使ったかっこいいミュート・テクニックを用い、そのベース・ラインにスタッカートの音を組み入れる方法でジャコはファンキーなサウンドを生み出した。(そのテクニックをもとにして、ジャコはトレードマークになった16分音符によるファンク・スタイルを編み出した。それは、デビュー・アルバム『ジャコ・パストリアスの肖像』所収の《カム・オン、カム・オーヴァー》、《オーパス・ポ-カス》や、ウェザー・リポートの『ブラック・マーケット』所収の《バーバリー・コースト》で聴かれる演奏となって結実した)。

2.ジャコが生涯愛用していたベース・アンプ、アコースティック360と出会った。そのアンプは彼が独自のサウンドをつくり出すうえで決定的な役割を果たすことになるり、パワーのあるクリアーな音を手に入れた。こうして彼は、のちにみんなを驚嘆させることになる独創的なサウンドを開拓した。

スーパーバイザー 松下佳男

※紹介文、画像掲載はアドリブ様より許可をいただいています。